
そう思った時に理由なんていらないと思いません?
だから俺も何の理由もなく彼の話をしようと思います。
人はやりたいと思った事でも、
理由を見つけてあきらめてしまうのかもしんないすよね。
あたしはピアノが弾けないから、才能がないから、
爪が長いから、顎が出てるから...
でも彼はあきらめなかった。
ただそんな話です。
彼には何の理由も経験もない。ただやりたい。
彼はその思いだけでニューヨークに来ました。まぁそんな感じの話っす。
その日は僕がニューヨークを旅立つ一日前でした。
僕は外の雨にうんざりしながらほとんど一日宿にいました。
午後二時に宿に着いた彼は、もう既に空港で財布を盗まれていました。
「災難ですね。」話しかけた時、彼はもう既に疲れ切っていました。
「いやぁほんま寝てなくて。英語もわからへんし。でもまぁええんすよ。そんくらい。」
僕がニューヨークにいた二週間の間に色んな人と会い別れました。
仕事をドロップアウトして一ヶ月半旅をしているサラリーマン。
カナダに行くはずが間違ってチケットを買ってきてしまった二人組の大学生。
ブロードウェイを見にきた四人組。
「超マジやばくね?」が口癖のギャル。
自信と経験がみなぎっている名古屋の服のバイヤー。
でも、彼ほど疲れきっている人はいなかった。
「なんすか?観光しに来たんすか?」
まぁ、ニューヨークに来た人の大半がそうであるように、
彼もただの観光客かと思ったんすね。
ちょっと飛行機で眠れなかったくらいかなと。誰だってそう思うでしょ?
「いやぁちゃうんすよ。俺、ニューヨーク大学の監督学部?みたいなとこあるんすけど、
そこに入りたくて来たんすよ。観光ならいいんやけど」
「へぇ、凄いすね。じゃあ、日本でもそういう映像関係の勉強して来たんすか?」
これは自然な流れすよね?餅はモチ屋、画家は絵が好き、みたいな。
「いや経済学部でした。
でも大学を卒業したらどうしても映画監督になりたくなったんですわ。
でもニューヨーク大学ってほんま厳しくて、数人しか入れないんす。」
あ、そう。。
監督にはなりたい。でも映像は素人。
今思えば子供のわがままみたいな言い分すよね。
でも俺そういう人嫌いじゃないす。
「だから日本で作ってきた短編映画を偉い人に見せて、
どうしても入れてもらおうと思って来たんすよね。」
なんすか?それ。
もう既にこの状況が映画じゃないすか的な驚きがありましたよ。
「へぇ、そうなんすか。じゃあ大変すね、これから。」
「いやぁ、でもほんまやりたいんす。だからもう、やるしかないかなと。」
って、こんなやり取りをして俺は最後のダンスレッスンに向かいました。
そして次の日の早朝、僕はニューヨークを発ちました。
彼は疲れきって眠ったままでしたけど。
誰にも別れを告げずに去る。そんなもんすよね、いつも。
今でもたまに思い出します。
彼はどうなったかなぁ、うまいことやったかなぁとか。名前も覚えてないすけど。
名前なんかどうだってよかったんすよ。
出会いとも呼べない、ただのすれ違いだったのかもしれないすけど。
でも俺には何か意味がある事だと思っちゃうんすよね。
彼は映画を撮りたい。俺はダンスをしたい。
あんま交わることのない人生が交錯したんすから。
俺は自分を信じることと行動の大切さを名前も知らない彼から教わった気がしました。
本とか映画とかじゃなくリアルにね。
どうすか。たまにはこんなんもありでしょ?
Text by No.1075 飛田給