Vol.8 メインレースファイナル1 2008:09:12:17:00:00

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ツリポツリと降り出した雨も、ファイナルレースが近づくにつれ徐々に強くなりはじめた。
予選の時のようにスタートの準備が遅れる事もなく、 スタッフの呼びかけで
みんなスタートラインよりも手前に自転車を並べ始める。
選手たちの顔色は様々で、それぞれの想いが顔に出ていたように思えた。

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ュリやタオ、ダ ニエルもスタートラインにつく。
去年のダブリンでは惜しくも4位だったcyclexのシノもまた、入念に自転車の位置をチェックし真剣な眼差しだ。


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ずは女子のグ ループがスタート。僕を含めた多くのカメラマンがコースの脇でカメラを構えポジションを取り争った。
予選とは違う一斉スタート。これがやっぱり世界戦 の迫力あるワンシーンだと思う。


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していよいよ男子グループにもスタートの合図が出された。
勢い良く走り出す。その目線の先は自分の自転車だ。
ファインダーの向こうは、ある 意味、戦場だった。


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べられた自転車にはロックがかかっているので、手際よく外さなければならない。
そして目の前をものすごいスピードで駆け抜けていく。
ファイン ダーをのぞきながら、撮影は至近距離でかなり難しい。
僕はレンズを選手に向け、ノーファインダーでシャッターを押す。
自分の感覚だけが頼りだ。

あっという間にスタート地点はもぬけのからに。
僕はすぐに次のチェックポイントへ向かった。

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選とは違う圧倒的な雰囲気。選手たちの顔に笑顔は無く、みんな前だけを見ている。
もちろんルールも予選とは異なる。
最低4枚のマニフェストをこなし、5枚目以降は下のタイムの選手は少しづつ足切りされていく。
最終的に残れる選手は20名程度、しかもこなさなければならないマニフェストの数は12枚。
この数は決して甘いものではない。
時間にすると約3時間くらいだろうか、かなりの持久戦になる。
もちろん体力だけで勝てるものではない。


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ェックポイントで待ち伏せしてカメラを構える。
そこに現れる選手たちのスピードや形相は凄まじかった。

「速い。。。。」予選とは格段に違う圧倒的な速さなので、
最初は至近距離でシャッターを押すタイミングが掴めなかった。

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度あがったように思えた雨も、再び選手たちに負けない勢いで降りだす。
しかしながくは続かず、あっという間に止んでしまう。
そんな気まぐれな天候は選手達を否応無く襲い、路面に水溜りが出来て滑りやすくなってしまい、
とても走りやすいコンディションとは言えなくなってしまっている。


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は写真を撮りながらもみんなを必死で応援する。
ジュリやタオくん、ダニエル。みんないい顔をしている。
 
雨に打たれながらも、ピックアンドデリバリーを繰り返す。
普段の業務でもそうだが、どんなに大雨が降ろうが預かった荷物を届けなければならない。

国は違っても同じ。外国人選手もまたみんなプライドを持ってゲームに挑んでいた。

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年も世界戦でチャンピオンになるのを目指し続けてきたシノ。彼の走る姿も眩しかった。
写真を撮りながら途中経過を聞くと、他の選手に比べ、
彼がマニフェストをこなすスピードはやはり圧倒的に速いようだ。

無駄な動きが全く無い。今までの経験と悔しさをバネに完璧な動きを手に入れたように見えた。

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しい時間が過ぎていく。
約1時間半くらいたった頃、世界中から集まったタフな選手達の顔にも苦しい表情が出始めている。
しかし何かに取り憑かれたかのように、ただただペダルを回し続けていた。

Text & Photo No.974 モンモン
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戦が繰り広げられるなか、この時点で足切りされる選手もちらほらと現れ始めた。
チェックポイントで撮影してると、ゆらゆらと走ってくるダニエルに会った。
どうやら彼も足切りされたようだ。
レース中ミスをしたらしく、相当悔しそうにしながらもみんなの応援に回る。


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ース終盤に近づくにつれ選手も減っていき、次にT-servで足切りされたのはジュリだった。
苦い顔があふれ出ている。
それでもかなりレース後半まで残ったのだが、ダブリンに続き、雨中の戦いで敗れることになってしまった。


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T
-serv最後の一人、タオくんはがむしゃらに走り続けていた。
チェックポイントでカメラを向けながら声をかけると、彼だけはいつも笑顔で返してくれた。
途中「足がつっ たー」なんていいながらも、そんなこと微塵も感じさせることなく走っている彼の姿に、
同じメッセンジャーとして尊敬せざるをえなかった。
だがレースも終盤の後半になると、さすがの彼も徐々に笑顔は消えていき、
ほとんど気力だ けで勝負していたと思う。

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切りによって、すっかり少なくなった選手たちが走る中、僕はゴール地点に戻った。
すでにゴールシーンを見ようと人だかりができている。
何かを暗示するように雲行きが怪しくなってきた。黒くて分厚い雲だ。
どこかのテレビ局と思われる人たちもスタンバイし始めている。
カメラマン同士のポジション争いも熾烈だ。
 

うこうしている内、一人の選手がゴールに向かって来ているのが見えた。
ガッツポーズをしながら満面の笑みでこちらに向かってくる。
彼こそ今年のチャンピオン、世界で最高のメッセンジャーだ!
見事その栄冠を掴んだのは、なんと僕たちの仲間、東京のシノだった!!
みん な感情を爆発させ、彼の元に駆け寄り、涙しながら手荒く祝福する。
もちろん彼自身も世界一の笑顔に熱い涙を流して、この瞬間を、
自分が手にしたものを噛みしめながら喜びを爆発させている。

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本人はもちろん、アジア人での世界チャンピオンは彼が初めて!!
そのうえ、何よりもシングルの固定ギアでの優勝者も史上初 めて!!ということで、
その場にいた誰もが彼を讃え、賞賛した。

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の瞬間が見れただけも、というか、この瞬間を見に、このトロントに来たんだと思う。
ここに来なければ味わえなかったこの感覚!
この先どれだけメッセンジャーを続けられるか分からないが、
東京のメッセンジャーとして最高の思い出が出来た事、
それを自分の記憶とカメラのファインダーの中におさめる事が出来た事を本当に誇 りに思う。

彼がゴールしたと同時に、その熱を冷ますように雨が降り始めた。それは徐々に強くなってきている。
 
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等がタオくんも足切りされずに見事走りきり、見事に12位でフィニッシュ!世界の12位だ!!
彼自身は少し悔しそうではあったが、最後はいつもの眩しい笑顔を見せてくれた。
 

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ての選手がゴールする頃には土砂降りの豪雨になっていた。カメラ用のカッパなんて意味がない程に。

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うして2008年CMWCメインレースの熱い戦いは幕を閉じた。
その場にいる誰もが、過酷なレースを走りきった選手たちを心よりレスペクトしているのが伝わってきた

定ではこの後スキッド競技がある。
さすがにこの雨じゃあ無理でしょと思ったし、他の選手も同じ思いだったらしく、
ほとんどの選手が島を後にしていた。
 
だが、どうやらスキッドの準備はされているらしく、予定通り始まりそうだ。
・・が、参加する選手は数人、観客もテントで豪雨をさけながら心配そうに遠目で見ている。

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加した選手は豪雨のため思わぬ方向に滑り、そして豪快にずっこけていた。
僕もがんばってシャッターを押したが、まともには撮れる状態ではなかった。

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うしていると、あっけなくス キッドの競技も終わり、今日のすべての競技が幕を下ろした。
 
れぞれの想いを胸に、みんなフェリー乗り場に向かう。
僕もまだ胸の高鳴りが収まらないまま、後に続いた。

フェリーが出港すると。さっきまでの豪雨は嘘のように止んで、
トロントの街の方を眺めると、僕らを労うようなきれいな虹がかかっていた。

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は見とれる間もなく、慌ててシャッターをきっていた。

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Vol.10 メッセンジャー・プライズ ー表彰式ー 2008:10:17:17:00:00

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砂降りの雨を浴びた体で、僕らは宿に戻りシャワーを浴びる。と同時に一気に疲れが襲ってきた。
おなかもすいていたので腹ごしらえをしたが、後に眠気が襲ってきた。これにはさすがに勝てそうもない。
プライズが始まるのは9時だったか10時だったか・・・そんなことを考えている間に眠りにおちた。
30分ほど仮眠をとった後でプライズの場所となるバーに歩いて向かった。

ーの周辺にはすでにとてつもない数の自転車。
バーはあまり広そうに見えないが、こんなところに全員入れるのだろうか・・・と、いらない心配をしながら2階の会場へ上がった。
すでに人がぎゅうぎゅうであまり身動きが取れなかったが、写真を取るためになんとか前へ移動した。

ープニング・ショーで1組のバンドがライブを始める。
30分ほどのライブが終わり、スタッフがプライズ開始の合図を出した。
みんなが津波のようにステージに詰め寄ってくる。僕は必死に踏ん張りながら、なんとか最前列へ乗り出した。

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ックワードやスタンディング、スキッド、カーゴレースなどの入賞者上位3名ずつが順にステージに上がる。
それぞれに豪華な賞品をもらい、会場からの拍手喝采を浴びている。

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にはほとんどの競技に入賞する強者もいる。
強者の名はジャンボ。デンマークのコペンハーゲンのメッセンジャーだ。

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品のメッセンジャーバッグをすでに3つ体にぶら下げている。
メインレースでも3位に食い込んでいる。
彼の名が呼ばれると、たまにブーイングが起こったのが面白かった。


年のCMWCメインレースのチャンピオンはもちろん我等がシノ。
彼がステージに上がると、もの凄い歓声が沸き起こった。

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年もトライして敗れ、悔しい思いをしていたのを自分も知っていただけに嬉しかったし、
何より1人のメッセンジャーとして尊敬している。

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年の開催地は東京ということもあり、歓声はいつまでも止まなかった。

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ライズ全体で2時間くらいだっただろうか、あっという間に時間は過ぎていった。
体の疲れはピークだったが、気持ちは爽快だ。宿に着くと同時に僕はベットに倒れこんだ。

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Text & Photo No.974 モンモン

Vol.11 旅の終わり 2008:10:24:17:00:00

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の日、午前中から二回目のオープンフォーラムがあるというので、僕たちは軽く朝食をとり、会場(といっても公園横のスペースだが)へ向かった。

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容は2年後の開催地候補のプレゼンテーションがメインだった。
ドイツのベルリンか南米グァテマラか。。。予想に反して多数の票を得たのはグァテマラだった。
そもそもそこにメッセンジャーがいるのか?どんなところで、何ができるのか?
疑問だらけでおもしろいとも思ったが、何とも言えない結果だった。

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ッセンジャーという人種を改めて確認したフォーラムも無事に終わり、
僕とニッシーさんはメインレースが行われた島へ後片付けを手伝うために渡った。

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くらが島に着いた頃にはすでにすることはほとんどなかったが、ゴミ拾いなどを積極的に手伝ってみた。
がらんとした島の公園に昨日までの余韻は全く残っていなかった。
 

び街に戻り、最後の観光も兼ねてニッシーさんとタオ君を被写体に街をぶらついた。

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日ということもあって、街はスーツ姿のビジネスマンが目立つ。
そして突然の雨も相変わらず健在だった。

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 ロントシティ、東京に似ていて活気があった。ちらほらとメッセンジャーの姿も見かけた。
彼らは街の風景の一部だった。

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たちは宿に戻ると最後のパーティーをした。

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ルテガが仕切ってくれたこのパーティーを僕は2度と忘れないだろう。
たわいもない話をし、酒を飲み、帰国の準備をし、最後の夜が更けていく。
 

の朝、バタバタしながら慌ただしく朝食を食べ、
お世話になった宿「Sweet Heart」の方たちに挨拶をして、記念に写真を撮った。

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から帰国するダニエルとミッちゃんが空港まで送ってくれた。

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港が近づくにつれ、少しずつ寂しさがこみ上げる。
1週間の滞在期間の余韻に浸る間もなかったが、思い出をたどれば本当に有意義な旅だったといえるだろう。
トロントの街に不思議な親近感を感じていた。

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りの飛行機はなぜだかビジネスクラスだった。予想外のラッキーな出来事は、
長く窮屈だったフライトを楽しい時間に変え、リラックスした時間を過ごせた。
12時間後成田空港到着。
トロントから東京。同じ大都市だったせいか、ずっと東京にいたような感覚にも陥った。
同じ時間を過ごしたみんなに別れを告げる。
「また街で。」
それがお決まりの挨拶。またこの東京を駆け巡る日々が始まる。

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年の世界戦は東京。果たしてどうなるのか。。。
トロントから帰国したばかりなのに、そんなことを考えながら帰路に着いた。

Text & Photo No.974 モンモン

Vol.1 CMWC2009 東京ストーリー 2009:12:01:11:10:48

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2009年9月、待ちに待ったCMWC(サイクルメッセンジャーチャンピョンシップ)が東京で行われた。トロントから一年、早いものだ。この大会の為に運営スタッフは半年以上前から準備を進めてきた。大会一ヶ月ともなるとほとんど毎日のように仕事が終わった後もミーティングを繰り返していた。少人数での役割分担、一人一人の負担は相当なものだったと思う。
自分もまた一人のフォトグラファーとして、一人のメッセンジャーとしてこの大会に望んだ。
そして新しい物語が始まったのだ。

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Vol.2 世界戦プレイベント 京都ロコ 2009:12:08:09:28:48

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界戦の約一週間前、プレイベントとして京都では『京都ロコ』というイベントが行われた。自分の実家が京都ということもあり、ここしばらくはイベントを口実に親に顔を見せに帰っていた。イベントにはカメラマンとして参加し、自分は販売や展示も楽しんでいた。
_MG_6675.jpg場は京都大学の西部講堂、何十年もの歴史がアリ相当ぼろぼろではあるが雰囲気はある。
中央のステージには巨大なボギーさんの絵、この絵を完成させる為に何日もまえから
描き始める、その情熱は並外れたものではない。
_MG_8227.jpg_MG_6603.jpg直この京都ロコに行くまで日本で、東京で世界戦が行われるという実感がなかった。しかし会場についた瞬間、その気持ちは一転する。『おおおぉおおお』
圧倒的に日本人よりも外人の方が多かったからだ。その中には自分がかつて海外で出会ったメッセンジャーもいる。その再会は本当に嬉しかった。
_MG_6620.jpgブリンで、デンマークで、トロントで出会った彼ら。。。。彼らもまた一年に一回のこの同窓会を楽しみにしているに違いなかった。



Vol.3 京都ロコ そしてCMWC東京へ 2009:12:15:10:07:33

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都の初日はあいにくの大雨だった。そんな中でも参加したメッセンジャー達は誰しもがその雰囲気を楽しんでいた。雨とメッセンジャーの相性はそう悪くはない。

_MG_6782.jpg日目も室内をメインに様々な競技が行われた。恒例といえば恒例、ゴールドスプリントやスタンディング、ミニバイクレースなど、外人パワーもあっていつもとは違う盛り上がりを見せていた。
『Ohhhhhhhhh!!!!!!! Yaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!』
そんな歓声が会場に響き渡っていた。

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_MG_9228.jpgるばるやってきた海外勢は途中疲れ果てている様子もあったがイベントだけでなく、京都という歴史ある街をエンジョイしていたに違いない。

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_MG_9347.jpgうして夜遅くまでアワードも終わり西部講堂でそのまま夜を明かすメッセンジャーもちらほら。
僕たちも明日は仕事というハードスケジュールの中、京都を後にし再び東京へと帰路についた。
世間は9月の上半期決算で連休も多い月、そんな忙しい中仕事を休む訳にはいかなかった。

こうして僕らは東京に戻り街を走り回る中ちらほらと他の海外勢とすれ違う事が多くなるにつれ自分の胸が高鳴るのを実感した。近づく九月の大型連休、お台場で行われる世界戦の幕がいよいよ開こうとしていた。

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Vol.4 レジストレーション、ウエルカムパーティー! 2009:12:22:10:00:00

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月の大型連休のうち最初の3日間はレジストレーションやウェルカムパーティーが行われた。自分もまたレジスト会場ではエントリーを済ませた人の写真を撮るという役をまかされていた。3日間のうち1日しかその場にはいなかったがそれでも海外勢を含めゾロゾロとひっきりなしに人が入ってくる。スタッフも対応に追われ本当にバタバタな日々だった。

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まで散々色んな大会でのレジストレーションを経験し、いつも待たされてイライラとしていたがそれに比べればずいぶんスムースな対応だとは思った。そのへんはさすが。日本各国のメッセンジャーたちももちろん集まってくる。そこで久しぶりの再会を果たした彼らはそれぞれが喜び話に花を咲かせていた。

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分がレジスト会場にいたその日の夜はにはウェルカムパーティーが渋谷で行われたので自分も持ち場の仕事が終わると急いでパーティーに駆けつけた。道玄坂のラブホ街にあるクラブ、その光景も異様極まりなかった。恐ろしい数の自転車と外人メッセンジャーたち、何も知らない一般の日本人は呆然とその光景を眺めながら通り過ぎていった。かつて自分が行った国での街が自転車だらけになる光景が頭をよぎり、そして何となく懐かしく、嬉しくなったのも事実だった。
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4042.jpgがついたら夢中でシャッターを切り、どこかで二度とこの光景が日本で撮れないような気もしていた。街はメッセンジャーで溢れている、世界中のメッセンジャーが集まっているんだ。。。改めて実感した。
メッセンジャー達の夜は更ける事がなかった。

MONMON






Vol.5 バイクポロー東京クラシックー 2009:12:29:10:00:00

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の日、この世界戦のプログラムには直接組み込まれていないが海外勢も交えてバイクポロ(自転車ホッケーみたいなもの)をやるというので自分も一目見ようと昭和島へ向かった。会場に着いた頃には
既に白熱したゲームが行われておりピークを迎えていた。

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_MG_9643.jpgイクポロそのものはアメリカやヨーロッパではかなり流行っている。海外の世界戦へ行くと毎回楽しそうにゲームしているのを眺めていた。元々のポロは馬に乗って行う競技でそれが自転車にまたがることでコントロールやテクニックもより習得しやすくなったのだろう。とにかく日本でのなじみはまだまだ浅く海外勢との実力の差は比べものにならなかった。

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の一部のように自転車を操り、パイプで小さな玉をさばく。サッカーや、卓球、ラクロス以上に難易度が高い様にも見える。手足に注ぐ神経は相当なものだ。
日本人は海外勢のテクニックに見とれていた。
『おおおおおおぉおおお』

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_MG_9492.jpg転車の間を狙ってのパス、ホイールを使ってうまくボールを止め片手で自転車を動かしゴールを狙ってパイプを振りかざす。本当にいとも簡単にやってのけるのだ。。
ゴールが決まると歓声もわく。『Yaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!』
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転車文化の深さを少し実感した。今までの世界戦でも呆然と眺めてはいたが正直それほど感心はなかった。今回じっくり見て写真を撮っているとそのおもしろさに魅了された。がしかし写真に収めるのも簡単ではなかった。

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終的に優勝したのはもちろん海外勢、決勝も盛り上がりを見せ圧倒的なパフォーマンスを見せつけた。

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_MG_9837.jpgれに影響を受けた日本人も多いはず、今後の日本でのバイクポロの広がりが一つの楽しみになった。

MONMON











Vol.6 グループライド ーお台場へー 2010:01:05:10:00:00

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月22日、メインレースの予選を含む様々なイベントが行われる日。僕は朝早く重い機材を背負って再び渋谷へと自転車で目指した。そこに集まる海外勢をお台場まで引っ張るという役目もあったが何よりも一緒に走って写真を撮りたかったというのが一番の理由だ。到着すると既に何人かのメッセンジャーが眠眼で座っていた。その顔はずいぶん疲労し切っている、昨晩飲み過ぎた連中に違いない。
集合時間になるとどこからともなくふらふらと集まってくる。最終的には20人くらいだろうか。。もう一つのグループとは銀座で落ち合う予定で僕らは約20分遅れで渋谷を出発した。


0009.jpgのグループライドも世界戦の恒例イベントだが普段仕事で走っている街を世界中のメッセンジャー達と走る感覚は新鮮だった。
とにかく走りながらも夢中でシャッターを切っていた。銀座で合流した後はさらに大勢になりその光景は以前のダブリンを思い出す。

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015 (1).jpgがつけば目の前には会場が広がっていた。スポンサーであるレッドブルのテントやアーチが目に入る。スタッフや販売関係者は既にスタンバイしていたがメッセンジャーはまだそれほど集まっていなかった。022 (1).jpgいってもメインレースの予選が始まるのは11時。今までの世界戦なら時間通りに始まる事はなく3時間も4時間も押すのは当たり前だったが今回のお台場の会場は大金を払って場所を借りている関係もあって時間がずれ込む事は許されなかった。そんな中も模擬店で朝食をとり写真を撮りながら過ごすといつの間にかゾロゾロと選手達が集まり始めていた。

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0004.jpgMONMON



Vol.7メインレース予選スタート 2010:01:12:10:00:00

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インレース予選、メッセンジャーの業務と同じ様にピックアップとドロップオフを効率よく繰り返しいかに早く、正確に多くの荷物を運ぶ事が出来るかを競うのだが、今回は世界戦初ともいえる伝票を使用。よりメッセンジャーにとってはリアルなルールだ。各オーダーにはそれぞれ時間制限が決まっており、それにより金額(ポイント)も異なる。つまりより多くの金額を稼ぎ早くゴールしたものが勝利となる。ここまで緻密に決められたルールは日本ならではに違いない。そしてスポンサーもそうだが今までの世界戦とはかかっている手間や時間、お金は最大のものだろう。それを成功させるためにもオーガナイザーである校長やスタッフは全てをこの世界戦にそそいでいた。

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012.jpg11時ジャスト、会場にはアナウンスが流れ予定通り予選はスタートした。時間通りに始まった事に海外勢は面食らったかもしれない。

023.jpg選は一人づつスタートするタイムトライアル制、真っ先にスタートしたのは去年トロントで優勝したシノだった。去年の二月、デリバリー中の大事故で足を負傷した彼、何度もの手術を乗り越えそして長いリハビリを経て今回の世界戦へ挑む。

00006.jpg京での世界戦に賭ける彼の想いは特別だったに違いない。諦める訳にはいかなかったと思う。普通ならチャンピョンの座を防衛するという言葉が妥当かもしれないがシノは間違いなく挑戦者だった。誰もが彼を心から応援したし、自分もまたその1人だった。

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Vol.8 メインレース予選2 2010:01:19:10:00:00

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ロントのチャンピョン、シノの後を続いて続々と他の選手達が追う。一人、また1人。
スタート直後に立ち止まって考える人もいればそのまま走り出して走りながらルートを組み立てる人もいる。タイムだけではなくデリバリーの正確さまで求められる今回のレース。勝ちにいく人とただ楽しもうという人の顔は明らかに違った。自分のタイミングでスタート出来るため先に走った人の情報を仕入れる人もいる。

144.jpg119.jpg149.jpg108.jpg098.jpg112.jpgースの幅はそれほど広くないのと急カーブがいくつもあるのがポイントだ。走り終えた人や一般の見物客はスポンサーが出しているブースなどで買い物を楽しんでいた。とりあえず自分は写真を撮る為に各チェックポイントをまわる。撮影しながらも仲間が目の前を走っていくと『ゴーゴーゴーゴー!!』とつい叫んでしまう。やっぱりみんなが真剣に走っている姿を見ると熱くなってしまうものだ。それは仕事中も同じ。
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178.jpg244.jpg分もエントリーはしたものの正直走るかどうかは迷っていたが楽しそうに、そして真剣に走っている彼らを見てやはり自分も走りたくなった。この先東京で世界戦があるとは限らない。答えは一つしかなかった。
194.jpg
205.jpg222.jpgたいカメラの機材から解放されメッセンジャーバッグだけの身軽な格好になったときの気分は良かった。スタートラインで10枚の伝票に目を通し各オーダーの制限時間を頭に入れて走りだした。後はピックアップした荷物を確実に時間内にデリバリーするという事だけを考えひたすら走った。途中コースミスもしかけながら、普段の様にこなす。45分くらいでゴール。後からあそこはこうしとけば良かったなぁと思いつつもまあ大きなミスだけはなかったのでよしとする。楽しかったなぁという余韻はその後も残り続けた。

258.jpg238.jpgくゴールした人で30分台、T-servの精鋭達も納得した顔をする人もいれば悔やむ人達もいた。
メインレース予選が終わり一息つきたいところだったが会場には次の競技のアナウンスが響き渡り自分も機材を担いで現場へと急いだ。

MONMON





Vol.9 予選後、騎馬戦、そして渋谷へ 2010:01:26:10:00:00

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インレース予選後、集合写真を撮るために僕ははるかクレーンの上にいた。高さにして10メートルくらいだろうか、狭くてガタガタ揺れるその場所は恐怖以外の何物でもなかったが、上から見る会場はかなりでかく広く見えた。アナウンスで集合の合図があるとゾロゾロと会場中の人が集まってくる。
何十人ではなく何百人もの人達、正直こんな集合写真は撮った事がなかったのでその光景は圧巻だった。バックにはお台場のシンボル、フジテレビ局。一人一人なんて米粒程度だがこの雰囲気をおさえたかった。下からの大歓声を浴びながら何度もシャッターを押した。全身には鳥肌が立つ。この光景はカメラだけでなく自分の胸の中にも深く刻まれる事になった。

の後、バックワードサークル、スタンディング、騎馬戦と競技が続き夜もあっという間に更けていく。会場も盛り上がりを見せ、僕もまたその雰囲気をカメラに収めていった。

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006.jpgの競技もやはり海外勢が圧倒的な強さをみせる。ただただ唖然と見るしかない。特に盛り上がりを見せたのが騎馬戦、日本人、外人、シャッフルで組んだチームのリーダーはカツラをかぶる。そのリーダーを倒せば良いという騎馬戦、勝負が一瞬でつく場合も多かった。外人のちょんまげ姿も悪くない。決勝が終わる頃には夜の九時は回っていただろうか。

003.jpg016.jpg028.jpg014.jpg台場での競技は全て終了し、メッセンジャー達は渋谷のパーティー会場へ向かう準備を始めていた。
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疲労ピークの中重い機材を担いでの足取りは重かった。果てしなく遠く感じたことだけは覚えている。
パーティー会場は既にほとんどメッセンジャーたちで埋め尽くされている。
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008.jpgの時フロアに写真を展示する事になっていたので意識朦朧としながらも作業を終わらす事に専念していた。全てが終わった頃には一時は過ぎていた。急いで帰宅し翌日の準備だけすると僕は倒れ込む様に眠りに落ちた。
パーティー会場はまだ盛り上がっているに違いなかった。

MONMON

Vol.10メインレースファイナルその1 2010:02:02:10:00:00

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休の最終日、そして世界戦も確実に終わりに近づいている。朝、会場に着くと既にちらほらと選手達が集まり昨晩結果を確認出来なかった人達が本部ブースの前に立ち並んでいた。後一時間もすればファイナルが始まる。自分ももちろんファイナルに出場する権利はあったが写真を撮る為に放棄した。ファイナルに残れただけでも十分満足だ。後はみんなを応援しながらその勇姿をカメラに収めたかった。
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間が経つにつれスタート地点にはファイナリスト達がぞろぞろと集まる。ファイナルのスタートは予選とは違う一斉スタート、世界戦お馴染みの迫力のワンシーンだ。過去のスタートを思い出すと鳥肌が立つ。

0010.jpg選同様タイムだけではなく売上がキーとなるので今までと違うのはフィニッシュ。一番にゴールしたものが優勝という訳ではないので結末の予想がつかなかった。そうこうしているうちに間もなくファイナルスタートの場内アナウンスが流れた。

053.jpg選手は自分の自転車を置き、スタートライン手前にずらりと並ぶ。その光景は幾度となく見てきたがやはり胸に響くものがある。カメラマンとして堂々とコース内からその様子が見れるのでその喜びは人一倍かもしれない。
早めに並んでいた選手達はひたすら自分の伝票に名前を書いていた。少しでもロスを減らすためだ。時間通りに始まらないのが世界戦の常だがファイナルもまたほぼ時間通りにスタートした。

050.jpg034.jpg『ドドドドドドドドドドドド!!!!』一斉に選手達は自分の自転車を目がけて走る。

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よいよ始まった。僕は何よりこの決勝の雰囲気が好きだった。誰もが真剣な顔で挑み自分を賭けて走る。ファイナルは長期戦で約二時間半、全力で走り続けるにはやはりかなりの体力と精神力が要求される。体力的にもきつい後半いかにケアレスミスがないかも重要になってくる。

061.jpgT-servからもファイナリストは結構いたが心より応援しながらシャッターを押し続けた。

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Vol.11 メインレースファイナル2 2010:02:09:10:00:00

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手達のスタート直後、僕は撮影ポイントを目指して歩き出した。一斉スタートのため一番近いチェックポイントには行列ができていた。後方の選手はいまかいまかと多少いらついている。
自分も撮影しながらの移動で夢中でシャッターを切っていると時間だけがあっという間に過ぎていった。
のすごいスピードで目の前を走り去る選手達、そんな中カーゴバイクレースも既にスタートを切っていた。『いつのまに!?』という感じではあったがそうこう言ってる暇はなくすかさずカメラをカーゴバイクに向けていた。それぞれが個性的なバイクで走り去っていく。

0089.jpg0105.jpg00138.jpgースの中盤では選手は走りながらも下を向きはじめ額からは汗も垂れ流す。辛そうだった。自分を賭けた戦い、何度見てもこのファイナルには感動する。みんな本当に輝いていた。ファイナリストを応援する一般の人達や決勝に残れなかった人達の応援も時間が経つにつれて大きくなっていく。
『ゴーゴーゴーゴー!!』
こなさなければならないオーダーももちろん多い、途中スタート地点に戻り新たに伝票をもらい無駄なくデリバリーする。

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0129.JPG0140.jpg0151.jpg179.jpg172.jpgタートから2時間、自分も含めゴール地点にはフィニッシュの瞬間を見ようと大勢の人が集まってきていた。プレスカメラマンもゴールの瞬間を収めようと自分達のポジションを確保する。いつもと違うのは最初にゴールしたものが決して優勝者ではない、それでもそれなりの興奮があるのは確かに違いなかった。
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0213.jpg236.jpg0208.jpg人、また一人と選手がゴールに戻ってくる。制限時間があるため時間が迫ってくるほどゴール地点には人が密集していた。一方で一件でも多くデリバリーしようとギリギリまで粘っている選手がいるのも事実だった。フィニッシュポイントには行列ができ始め声を荒げる選手もいる。スタッフも必死に整理しようとするが抑えきれない。T−servの仲間達もぞくぞくと戻ってくる、ダブリンやトロントを共にしたジュリや昨年チャンピォンのシノもギリギリになってゴールしてきた。その表情はやり切った感じというよりは本当に消耗し切って辛そうだった。
0243.jpg0270.jpg0272.jpg0251.jpg0258.jpg0266.jpgうしてメインレースは幕を閉じたが、この時点では誰が一位なのか、チャンピォンなのかこの時点ではスタッフを含め誰にも検討がつけられなかった。
そんな余韻に浸っている間もなく、次の競技のアナウンスが流れた。

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インレースファイナルでばてばての選手達、スタッフも含めぞろぞろとスキッド、スプリントレースのコースに移動する。コースの脇には既に見物客がずらりコース内ではスキッドの練習をするものもちらほら現れた。
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4004.jpg 人づつ4レーンを一斉にスタート!これも世界戦ではお馴染みの種目だが何度見てもあきない。おもいっきり助走をつけて一気にすべる。すべる。。トップの人でどれくらい距離をのばしただろうか。。目を疑う程だ。。両脇の観客からもものすごい歓声が上がる。
『おおおぉおおおおお』

4010.jpg 40331.jpg 40121.jpg 様な盛り上がりを見せ引き続きスプリントレースが行われた。
200メートルの直線をひた走る、燃え尽きるまで走り抜く。至ってシンプルなレースだがシンプル故に盛り上がるのだ。
恐ろしいスピードで目の前を走り過ぎる、写真に収めるのもまた難しかった。。

4006.jpg 4005.jpg 外勢の脚力は恐ろしい。。コペンハーゲン代表のジャンボ、ニューヨーク代表のアレックスの接戦に会場の盛り上がりはピークを迎えた。

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4015.jpg 4028.jpg うしてすべての競技は終わり、燃え尽きたものは座り込んだり、腹ごしらえをし、スポンサー関係のブース周辺には人だかりができていた。スタッフは休む間もなく会場の閉鎖準備、すべての競技の集計と引き続き業務を続行していた。

4037.jpg 暮れとともに人々は会場を後にする、のんびりと渋谷のアワード会場へと走り出した。
自分も名残惜しい会場の雰囲気を数枚撮ってメイン会場を後にした。

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Vol.13 アワードパーティーその1 2010:02:23:10:00:00

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れに疲れ切ってパーティー会場につくと昨日と同じで大勢のメッセンジャーたちで溢れていた。もちろん自転車の数も半端ない。。みんなパーティー会場がオープンするのを待っている。
とにかく二度とこの場所で見られないであろう光景にシャッターを押し続けた。

22045.jpg22047.jpgさに日本の中の異国、自分が今日本にいるのだということも忘れてしまいそうだった。
会 場がオープンして間もなくレースの集計も終わっていないので表彰式までの間は他のイベントが行われていた。「SUMOU」相撲大会がすし詰めの会場で行わ れた。外人にとってはめずらしいだろう、彼らも自ら楽しむために力士スーツを着て四股をふむ。その光景は異様でしかなかった。土俵の回りを観客が囲み釘づ けになっていた。あまり身動きがとれないなか苦しくなってきたので一度会場を出る。『ふぅ』

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22014.jpg22042.jpg
にはアワードだけが目的の者たちが今か今かと待ちぼうけしている光景が目についた。
そうこうしているうちに日付が変わり、気がつくと相撲大会も終わっていた。
ア ワードがいよいよ始まるという時になって、各フロアでくつろいでいた人達が一斉にメインフロアに押し寄せてくる、どう考えても全員が入るキャパシティはな い。それでも満員電車の様におかまいなしになだれ込んでくる。。。とにかく自分はステージ真ん前へ突撃し、写真が撮れる位置を確保した。後から押されなが らも何とか耐えるしかなかった。

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22019.jpgーガナイザーである校長がステージに現れ遂にアワードが始まった。と同時にものすごい歓声がフロアに響き渡る。。
『わぁああああああああああああ』
スキッド、バックワードサークル、スプリント、トラックスタンド、騎馬戦と次々に上位三位までが発表される。さすが海外勢といわんばかりに次々と表彰される。。改めて彼らのすごさを目の当たりにした。

22023.jpg22026.jpg22028.jpg22039.jpg22058.jpg22050.jpgは相変わらずもみくちゃになりながらもシャッターを押し続けた。。

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ワードも後半に差し掛かりいよいよメインレースの表彰が始まろうとしていた。
メインレースともあってさらにフロアの会場は熱気に包まれる。

77063.jpgもが予測出来ない結果だけに会場の選手達の目はいっそうギラギラと輝いていた。商品も例年同様メインレースに関しては豪華だ。
男子の3位は世界のメッセンジャーの中でも有名なスティーブ、この日本には奥さんと子供を連れての参戦、ステージに上がるとビールを片手にその喜びを表現していた。

77064.jpgして2位の入賞者は前年のチャンピォン、シノ。彼の名前が呼ばれた時フロアの歓声はピークを超えていた。アクシデントに見回られながらも、長いリハビリを乗り越えようやくなんとか歩ける様にまでなったのもつい最近。勝ちへの執念は誰よりも強かった。レース中ももちろん自転車を降りてからチェックポイントまでは足を引きづりながらという大きなハンデを背負っていた。防衛戦でもなんでもなく、自分への挑戦でもあったのだ。ステージ上で彼は涙を流していた。しかしそれ以上に観客のみんなも涙を流していた。自分も目頭が熱くなったがとにかくはシャッターを切り続ける。

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77087.jpg声はいつまでも鳴り止まなかった。
引き続き女子の一位が発表される。『ジョジョ!!』

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77097.jpg年の様に彼女も入賞する、女性とは思えないパワーだ。。
そして誰もが予想出来ない男子一位の発表、その名前が呼ばれた時、自分の胸はさらに熱くなった。
『チャンピォン、ジュリ!!!!』

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『おおおおおぉおおおおお』

ロアはさらに盛り上がる。拍子抜けした顔で、一番驚いていたのはジュリ自身でもあった。ステージに上がりようやく実感が沸いてきたのだろうか、チャンピォンカップを手にし心の底から喜びを表していた。『自分は正直一位になれるなんて思っていなかった。シノさんを含めいろんな人の背中を見てここまでこれた。本当にありがとう!!』ジュリの目にもまた熱い涙が溜まっていた

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77133.jpg77135.jpgてのアワードが終わりTKBMAのみんながステージで挨拶する。本当に日々大変な想いで準備してきただけあり、彼らもまた涙を流していた。この東京での世界戦を超える世界戦はこの先見る事は出来ないかもしれない。自分もまたこの場に入れる事が何より嬉しかった。そして今までメッセンジャーを続けてきた事を改めて誇りに思った。

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77153.jpg動の余韻はいつまでも続き、疲れ切った自分の事なんてどうでもよくなっていた。

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Vol.15 すべての終わり 2010:03:09:10:00:00

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うして待ちに待った東京の世界戦は終わった。連日怒濤のスケジュール、スタッフはほとんど寝なかったに違いない。終わってみると本当にあっという間で幻でも見てたかの様な錯覚に陥る。日本、東京にいるはずだが数知れない海外のメッセンジャーのせいで自分が東京にいるという事さえも忘れそうになった。
ワードの次の日、僕たち東京のメッセンジャーはみな普通に仕事だった。余韻に浸る暇はなかった。9月という繁忙期もあってメッセンジャーとして休む訳にはいかなかったのだ。自分はもとよりスタッフ達もいつも通り仕事だったが相当体的に辛かったに違いない。仕事中、街中を走り回る中あちこちで海外のメッセンジャーに会う。彼らもまた観光をしていて『本当に楽しかったよ、東京最高だね、ありがとう!』と声をかけられる事もあった。
その一言が自分の疲れを忘れさせてくれた。
めて世界戦に行ったのが2005年のニューヨーク。それが全ての始まりだった。メッセンジャーという仕事が世界中にあり、この世界戦の為に集まる。一度でも行った人なら分かるとは思うが言葉では表せない感動がある。それから毎年の様に海外には行くようになった。開催地も毎年替わるから新鮮な楽しみがある。
ィンランド、コペンハーゲン、オランダ、ダブリン、トロント、そのメッセンジャー達は本当に自分の仕事に誇りを持ち心から仕事を楽しんでいた。
自分がこんなにもこの仕事を続けて来れたのもそういう出会いや楽しみがあったからだと思う。

054.jpgんな中自分がティーサーブに入った頃は世の中の景気は良く毎日せわしなく走っていた。会社もどんどんと大きくなり新しいものが支給される。
ところが2008年夏のリーマンショック以降、世界の経済は急激に落ち込みデフレの波に飲み込まれた。500円便や歩合制度が導入され状況も変わる。
きっと世界中のメッセンジャー達も同じように苦しい状況に追い込まれたにちがいない。
不景気の中本当に海外勢は世界戦に来るのだろうか。。とどこか半信半疑なところもあった。

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かし実際に始まってみると世界中からたくさんのメッセンジャーが集まった。
それだけの価値がこの世界戦にはあるのだと思う。
ただの仕事としてではなく、どんな状況でも生きるために大事な何かがあるのだと思った。

_MG_4578.JPG分も一つの通過点として選んだメッセンジャーライフだけど今思えば積極的にあっちこっちに行って良かったなぁと思う。垣間見たメッセンジャーの歴史の一部ではあるけれどその一部は大きい。

今後メッセンジャーをやってみたいという人にそしてやっていくだろう人に少しでも何か残せればいいと思って写真を撮り続けてきた。

この東京での世界戦が一つの区切りだと、自分の中ではそう思っている。

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CMWC2009 Champion ジュリ インタビュー 2010:03:16:09:43:39

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CMWC2009見事チャンピョンになったジュリにインタビューをしてみた。

_MG_9652.jpgまずは今回のレースについてTKBMAのメンバーとしてもスタッフ側として動いていたジュリ、スケジュールはハードでレース前日だってほとんど寝れなかったはず。そんな中どう自分をコントロールしてレースに望んだのか?

『初めての世界戦がシドニー、それからダブリン、トロント、今回の東京が自分にとって4回目の世界戦になるんだけど、やはりこれまでの経験が大きかった。ペース配分や補給のことも恐らく初めて参加した人ならそこまで考えないだろうけど、自分の限界を知っているからこそ考えたんだよね。意識したのはスピードのペースを落とさない事。全力で走ると思考力が落ちてケアレスミスがでてくるから。何よりもミスなくいかに効率よく回るかにすべてを集中したよ。いかに冷静に走り続けられるかだね。決勝戦は持久戦、後半になればなるほど辛く、ミスも多くなるから。

確かに連日のハードスケジュール、睡眠不足だったし風邪気味でもあった。結構辛かったね。スタート前の緊張もなかったよ、今までの経験もあるがこれは日本でやるという事、ホームグラウンドでやるという事が大きかったと思う。

予選ももちろんノーミスを意識して16位で突破。トロントでいい成績を残したタオ君の存在は結構意識したね。

決勝レース開始後は自分が意識した通りに冷静に走り続けた。伝票は15枚。15枚。20枚。二時間を超えた辺りで限界を感じ始めたが今までの世界戦を思い返しながら自分に「あきらめるな」と言い聞かせていたよ。でも正直両足はつっちゃったね。ゴールの瞬間も自分の納得のいく走りはできたな、とは感じたよ。』

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アワードで自分の名前が呼ばれた時、そして世界戦後の気持ちの変化や、周りの変化はあったのだろうか?

『自分の名前が呼ばれたときは正直びっくりしたね。え?俺?俺でいいの?という感じだった。ステージの上ではもう頭が真っ白だったよ。何が何だか。。嬉しかったのは嬉しかったけどね。世界戦が終わった後も正直実感はわかなかった、今年に入ってようやく沸いてきたのかもしれない。いろんな人と接する中でみんなが賞賛してくれるんだよね。その積み重ねが実感につながってきたかもね。優勝した事にそこまでおごり高ぶりたくはない、普段仕事でやってきた事をやっただけ、もちろん普段の仕事に対するモチベーションは人よりも高いつもりだけどね。今でも自分が一番だなんていう気持ちはない。ああいうレースには参加しない人もいるし自分より早い人はいくらでもいるからね。。』

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そもそも世界戦に参加してみようというキッカケは何だったのか?

『T-servのマスタークラスというものが世界でどれくらい通用するのかを試してみたかった。世界中にはたくさんのメッセンジャーがいて上には上がいるからね。初めての世界戦シドニーに関しては正直あまり覚えていないよ(汗)レースそのものを分かっていなかったよ。その後京都ロコや色んなレースに出てつかんできた感じ。そしてやっぱりシノさんの存在は大きい。いろんな世界戦を共にしてレースへの姿勢、望み方をみてきたからね。今回の優勝でシノさんにも認められたのは嬉しいよ。いろんな世界戦を経験した中、2年前にTKBMAに入って自分も東京への世界戦に向けて役に立ちたいと思ったんだよね。楽しませてくれた世界中のメッセンジャーに少しでも恩返しがしたかったんだ。』

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メッセンジャー、そしてこれからについて聞いてみた。

『メッセンジャーはやっぱり一生できる仕事ではないよね。若いうちしかできない。でもそれでいいと思うんだ。自分は自転車の事を何も知らずにスタートしたメッセンジャー。そんな自分でもチャンピォンになれたという事は一つの誇りでもあるよ。今年の世界戦はグアテマラ、行ってみたいね。自分がチャンピォンになった以上少しでも盛り上がればいいなぁと思うよ。
今後の夢っていう程具体的なものはないけど。人はどうしても周りと比べてしまうんだけど振り返ってみて自分のスタイルを貫き通して良かったと思える自分でありつづけたい。自分のやってきた事に誇りを持ち続けたいね。』

_MG_9626.jpgTEXT&PHOTO by MONMON














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