CMWC 2003 レポート vol.1 2008:07:30:08:30:00

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プロローグ
CMWC(Cycle Messenger World Championships<メッセンジャー世界選手権>)--それは、世界中のメッセンジャーが1年に1度集まり、様々なレースや競技を通じて交流を深め るメッセンジャーによるメッセンジャーのためのお祭り。毎年開催地の変わるその大会は、自転車とメッセンジャーを愛するすべての人々が参加できる世界的イ ベントである。


密かな目標

僕とCMWCの出会いは3年前に遡る。その年のCMWC(フィラデルフィア大会)に出場した先輩メッセンジャー・サ ブロウさんの話を聞いたのがきっかけだ。レースの模様や海外のメッセンジャーとの交流などの話は、入社2ヶ月の新人をも興奮させる感動的なものだった。そ の時以来僕の中で、CMWCは密かな目標となった。--3年間。3年間この仕事を続けることができたら、絶対にCMWCに出場しよう。

--3年後。愛車のFULL-DYNAMIXに乗った僕は、ほのかに海の香りのする爽やかな風を頬に受けている。雲ひとつない青い空とキラキラ光る碧い海。 風情のある古い街並の中に近代的なビル群。見慣れない標識と右車線の道路、そして道を譲ってくれるマナーの良い車。第11回CMWCの開催地、アメリカ西 海岸シアトルに訪れた僕は、3人の仲間とともに、ダウンタウンの海沿いの道を走っている。空路8時間の疲れもそっちのけで、シアトルに到着したばかりの僕 達は、いてもたってもいられず自転車で街へ飛び出したのだ。

エメラルドシティ、全米で最も住みやすい都市などと形容されるシアトルは、港街特有の坂の多い美しい街で、日本でいうと横浜や神戸、長崎といったところだ ろうか。北西インディアンの文化と海の恵みがもたらすシアトルの穏やかな雰囲気は、僕達を優しく迎えてくれた。無線も荷物もプレッシャーもないせいか、海 岸線をひた走る夢うつつの僕達は、本当にそのまま風景の中に溶けてしまいそうだった。


サムライたち

僕とともに走っている3人のサムライを紹介しよう。
まずは現役大学生にして将来のT-serv.を背負って立つ若きエース、しだっぺ。業界通で情報屋の彼は英会話にも優れ、僕達を大いに助けてくれた。
次に、リアルメッセンジャーに憧れ、高校卒業と同時に上京してT-serv.のメッセンジャーになったという、思い立ったら即行動派のゴン。彼の明るいキャラクターは僕達の中ではムードメーカー的存在だ。
そして、自転車からオートバイ、メカニックから塗装まで器用にこなす職人ミニラ。日本から自転車を無事運べたのは彼のおかげだろう。
今思い返しても実にバランスのとれたパーティで、準備期間から大会終了に至るまで、それぞれが個々の能力を活かした役割分担が十分にできたので、このCMWCシアトル2003を思いっきり楽しむことができたと断言できる。


「日本から来たメッセンジャー」

さて、シアトルのシンボル、スペースニードルで一息ついていると、一騎のメッセンジャーが近付いてきた。僕達が日本 から来たメッセンジャーだと気付いて声をかけてきた彼の名はジャスティン。シアトルメッセンジャーだ。後に何百人と出会うメッセンジャー達が少し陽気すぎ て対応に困ったのに比べると、彼はとても爽やかで静かな青年だった。奇遇にもT-serv.のタイヤを履いていた彼の自転車は、激坂の街にもかかわらずピ スト(固定ギア)で、いでたちもさりげなくオシャレでかっこよかった。自分は今仕事中でCMWCのスタッフでもあると、僕達のためにわかりやすい英語で話 してくれた。初めて異国のそして同業の仲間に出会えた感動で満たされた僕達は、さらなるドラマチックな出会いを期待しつつ、その夜は2日分泥のように眠っ たのだった。

9月11日、シアトルは坂と雨の街。旅行会社で働いていた経験のある先輩メッセンジャー・キクリンさんに教えて頂いた通り、CMWC受付当日は朝から小雨 が降り続いていた。身支度を整えた僕達は、フンドシではなくメッセンジャーバッグのストラップを引き締めなおし、気分を観光モードからいつもの仕事モード に切り替え、鼻息を荒くして、ダウンタウン郊外の会場へと向かった。
約20分程で到着した会場は、小さな工場や倉庫が立ち並ぶ一見殺風景な土地だった。だが実際走ってみると、長い坂、狭い路地、砂利、線路などメッセン ジャーレースにはうってつけの、波乱を予想させるスリリングで面白いエリアだった。工場をイベントスペースに改造したメインの建物の中には、受付事務局の 他にfirst aidやマッサージルーム、食堂、売店、そして絵画やイラストやオブジェなどの展示、さらにライヴステージもあり、大会の雰囲気を盛り上げる演出が至る所 に施されていた。


地獄絵図

受付を済ませた僕達は、ぞくぞくと集まってくるメッセンジャー達に目を奪わされざるを得なかった。奇声をあげながら ものすごいスピードで登場してくる彼らの自転車はほとんどがピストで、日本では絶対に目にすることのない独創的な改造や装飾が施されていた。そしてそれ以 上に驚いてしまうのが、本当にこの格好でオフィス街を走るのだろうかと心配してしまう彼らのスタイルだ。モヒカン、タトゥ、スキンヘッド、ボディピアスに 個性的な服やメッセンジャーバッグ。写真集から飛び出したようなグロテスクでクレイジーなメッセンジャーが一匹また一匹と集まるにつれ、あたりは地獄絵図 のようなものすごい光景になった。

日本人らしい振る舞い方

そうなると、地味で飾り気のない僕達日本人の方が逆に目立つことになる。多くの欧米のメッセンジャー達が僕達に興味 を持ったのか、たたみかけるように話し掛けてきて、質問攻めにあった。苦し紛れの受験英語で応戦しながら僕は他のことを考えていた。日本人のことだ。とか く僕達日本人は欧米のスタイルを模倣したがるものだが、やはり日本人は日本人らしく振舞う方が欧米人からしてみればエキゾチックでかっこいいのだと、改め て感じることができた。しかも現在のメッセンジャー界において、T-serv.の仕事量は世界レベルだし、引け目を感じることなど何もないと僕は胸を張っ ていた。--英語が話せないことを除けば。
加速度的に増大したそのえげつない一団は、日暮れとともに酒を求めてダウンタウンへと大移動を始めた。1ドルでビールが飲めるパブ「noc noc」の店の外は自転車であふれ、店内はメッセンジャーと酒と音楽であふれかえるなか、いよいよ前夜祭が始まった。


日本各地のメッセンジャー達

僕はそこでこの日合流した京都メッセンジャーKAZEの代表半田さんと話をすることができた。後に横浜、大阪、名古 屋、鹿児島、そして東京のメッセンジャー達と合流することになるのだが、今まで社外に友人の少なかった僕にとって、彼らと出会って、一緒に走れたことは、 今回のCMWCで最も有意義な出来事の一つだったといえる。
その夜は酒よりもむしろ人に酔ったというに等しく、果てしなく続く宴をほどほどにしてきりあげた。シアトル滞在3日目、まだ何も始まってないのに充分に疲れた僕達は、宿に帰って、ただただ眠るだけだった。


CMWC 2003 レポート vol.2 2008:07:30:08:30:01

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シアトルのメッセンジャー会社
いよいよ今日からCMWC。今朝の我々はスロースタート。昨日とは違い、今日は晴れ模様で、シアトルのお気に入りの場所で朝から黄昏てみました。こののんびり加減が休暇っぽい。

11時くらいに会場入り。昨日のプレイベントで会えなかったcourierのカツさん、横浜はCourio-Cityのヤナ犬さんらとも合流でき、会場の ある一角が日本人だけになった。この日の予定は、夕方からグループライドがあるくらいで実にゆるい感じ。私以外の3人は真面目にコースマップをにらみ、入 念な試走をしていた。私はというと、ヤナ犬さんとシアトルのメッセンジャー会社を訪問。


「Legal」

まず訪れたのが、Seattle Legal Messenger Service。ここはメッセンジャーサービスの他に、ワゴンによるフードデリバリーも行っている会社で、パーテーションで区切れるほどの大きさ。我々を 快く受け入れてくれ、ビールまでご馳走になりました。
次に訪れたのがMERCURY COURIER。昨日のプレイベントの行われたバーでここの社長と知り合いになれ、訪問した次第。ここは倉庫をオフィスとしていて、通りに面したオフィス スペースと、奥がガレージ兼メンテナンススペースに。更に、ビリヤード台があったり、卓球台があったりバスケのゴールがあったりと何とも楽しそうな空間 だ。
もう一軒ハシゴしようということになり、訪れたのがABC Legalという会社。ここはシアトルで一番大きなメッセンジャー会社で、ビルの2Fがオフィス兼ガレージ。さすがに一番の大きさだけあって、忙しそう。 シアトルのメッセンジャー会社は「Legal」と付くところが多い。これは、日本でいう特定信書便のようなモノを扱えるらしく、お客さんもこの 「Legal」の一言があると安心して使えるそうです。


街の人たちもCMWCを歓迎

そうこうしているうちにグループライド開始時間が近づいてきた。続々とメッセンジャーが集まり、何ともいえない雰囲 気。我々のテンションもすこぶる高まってきた。そして、誰かが合図する訳でもなく、ゆるゆるとグループライドのスタート。一般の公道を進み、車が通らない と思っていると警察が道を封鎖しているではないか。ある意味、シアトルの人への見せしめであるかのようにダウンタウンを進んでいく一行。街の人たちも CMWCをとても歓迎してくれていた。


シアトルは坂の街

それにしてもシアトルは坂の街だ。ピストで来ているメッセンジャーはなんとも辛そう・・・。坂の途中で降りて押して いるメッセンジャーばかりだ。「Fu○k!!」なんて言葉がちらほら。走っていて、シアトルはホントに不思議な街だと痛感した。海に面した工場地帯があっ たり、築地のような市場があったり、閑静な住宅街があるかと思うと新宿のようなビル群もあったりして。それが一つの街としてまとまっているというか、違和 感を感じさせない雰囲気を醸し出していたのだ。


夜のシアトルの街へ姿を消した。

そんなことを感じているうちにグループライドも終わりを迎えた。バラバラに走っていた我々4人も不思議と一カ所に集 まり、思い思いの感想を述べている。今日の今後の予定は、「バニーホップ」と、ピストのみが可能な「バックサークル」という自転車に乗りながらペダルを後 ろにこいで円を描くという2種目。そんな競技があるとはつゆ知らず、我々は夜のシアトルの街へ姿を消した。素敵な夜でした・・・ねぇ。

CMWC 2003 レポート vol.3 2008:07:30:08:30:02

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餌を追うハイエナのように
天気にも恵まれ、絶好の予選日和を迎えた大会2日目、自然と湧き上がるテンションと緊張を抑え、会場へ乗り込む。
会場へ到着すると、意外にも和やかなムードで、本当に今日予選をやるのかとさえ疑問に思うユルーい雰囲気だった。予選開始時刻が刻々と迫り、そろそろ予選 かなとふとコース上を見ると、世界各国のメッセンジャー達がルートマップを睨みつけ、まるで餌を追うハイエナのように、ところ狭しとコース上を駆け回って いる光景であった。負けじと我々T-serv.組もあとを追うが、そこに待ち受けていたのが慣れない一方通行のルートマップと西海岸ならではの急な坂だ。 世界各国のメッセンジャー達はこの坂の街シアトルをピスト(=固定ギア)で走り回るのだからホント、度肝を抜かれる。


上位120名が明日の決勝に

そんな様子を横目で見ながら、あわただしく試走を終えると、会場も予選ムード一色になっており、予選の順番待ちまでできている。いよいよ予選が始まる!!
最初は雰囲気だけ味わえばという考えであったが、いざスタートラインに立つと自然と勝気になっている自分がいた。
予選は2回、早いタイム上位120名が明日の決勝に 勝ち上がれる。ルールはチェックポイントをいちはやく効率的にピックアンドデリバリーを繰り返すルールだ。


メッセンジャーズハイ

足首に巻いたセンサーが鳴る・・・いざ出陣!!!
マニフェスト(ピックアップの順番の書いた紙)をもらい、最初のチェックポイントにペダルを踏む。気合いを入れて望んだものの、やはり容量がつかめず、気持ちばかりがあせりミスのオンパレード、自分の不甲斐なさに頭を痛めながら1回目の予選を終える。
2回目、ミスは絶対繰り返さないと自分にいい聞かせ予選に挑む。
1回目の経験と、ルートマップを試行錯誤した甲斐あって、2回目は思うように足が回る。
ピックデリ、ピックデリ、ピックピックデリ・・・ 知らず知らずハイになる。世界の舞台に酔いしれ、メッセンジャーズハイ(快感)を覚える。ほんとクレイジーの一言だ。どれもこれもこの雰囲気のせいだろう。そう思いたい。

「もしかしたら」

2回の予選を悪戦苦闘しながらも無事に終わり、予想以上の達成感とそれ以上の疲労を感じながら結果を待った。
最終結果、「もしかしたら」という少しの期待を胸に秘め結果に目を通す。
しかし、舐めるように見たその紙には「もしかしたら」という想いは届かず、その期待はもろくも崩れた瞬間となった。と同時に、次こそはという野望が生まれた瞬間でもあったが・・・。


結果はともあれ、先ほども言ったが、世界各国のメッセンジャーはピストが多い、というかそれがスタンダードというこ とに驚かされる。予選の後の夕方から夜にかけて行われた種目にも、メッセンジャーポロ(=簡単に言うと馬に乗って行うポロの自転車版)やスタンディングな どピストでしか参加できない競技があり、いかにピストが世界的に普及しているかがわかる。また、デリバリーでもピストを使用しているメッセンジャーが大半 を占めているのだからスゴイ。さすがピストを操る脚力にはかなわないなと肌で感じた予選であった。
明日は決勝へ勝ち進んだミニラを応援しよう。


CMWC 2003 レポート vol.4 2008:07:30:08:30:03

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CMWC最終日、やや曇り気味の天気、僕の気分と同じようにパッとしない。
なぜ気分が優れないかといえば、前日のメインレースの予選でいろいろあってファイナルに出ることになったからだ。その不安と緊張でなんだか落ち着かないのだ。
昨日でレースの終わった3人はリラックスモードで今日はジャージやステッカーなどのトレードだと(特にゴンが)意気込んでいる。

今回、初めての3時間という持久戦で不安でいっぱいの中いつレースが始まるのかと待っていたが、相変わらずルーズな感じでなかなかレースが始まらず、カーゴレースが始まったのがお昼を過ぎてからだ。
このカーゴレースというのは自転車の後ろに荷台をつけて新聞の束やブロックを運ぶレースだ。みんな信じられないぐらいの量の荷物を積んで坂を登ったり下ったりガシガシ踏んでいて外国人のパワーに圧倒された。

3時間の持久戦

カーゴレースが終わってファイナルは2時間遅れでやっとスタート位置につけた。
ファイナルレースはみんなで一斉にスタートなので予選でタイムのよかった人から前に自転車を置いていくのだが僕は予想どうり後ろから数えた方が早いくらいの位置だ。
日本人で決勝の舞台に立てたのは、京都(風)の半田さんと鹿児島の辻さんとぼくだ。
ベテランの二人がいろいろ教えてくれすごく助かったし心強かった。
だがスタート直前に問題が発生した。
ルールの説明をしているみたいだが英語が解らない僕にはさっぱりなのだ。まあ、どうにかなるかとあきらめていると日本で英語教師をしてるクレア(彼女もレースに出ている)が僕の所まで来てくれて日本語で説明をしてくれてとても助かったし嬉しかった。
そして、スタートの合図とともに120人の人間が走り出した。まわりの人の熱気や勢いと観客の声援で興奮して我を忘れそうになるが、このレースはゲーム性 が高く速さだけでなく荷物をピックして効率よくデリバリーをしていかなければならないのでどれだけ冷静に自分のペースでやれるかがカギであるが、周りの観 客の声援があるとついついがんばって走ってしまう。

沿道の歓声

でも、この沿道の歓声はいいもので、何を言ってるかは解らないが励まされる。歓声だけでなく水やジュースやビールを くれてうれしかった(ビールをもらった時はちょと困ったが・・・)。あと一番うれしかったのが外国人の方から「ミニラ」と声援があった時は名刺をくばって いて本当によかったと思った。
こんな感じで1時間、2時間と走っているとコツが解ってくるのと時間がないという焦りでテンションが上がってきて激しい走りになっていった。でも、自分では攻めた走りをしているつもりだが外国人の走りを見ていると自分の走りがかわいく見えてくる。
全般的にピストに乗っている人が多いのだが、上りもガシガシ踏んでいくし下りはブレーキもないのに突っ込んでいってリアタイヤをロックさせながら下ってい くのだ。レースだからなのか、仕事もこんな感じでやっているからなのか解らないが、キレた走りで見ている方がビビッてしまう。


感動の瞬間

レースは3時間を1秒でも過ぎると失格になってしまうので、10分前にゴール前を通った時もう一周しようかどうか迷ったが、ここでやらないと男じゃないと思いまた走り出した。 が、坂を登っているときに足がつりそうになりやばいと思ったが何とか登りきれた。
あとは下りと平坦なコースなので軽いギアでこいで行き5分前にはゴールできた。
ゴールしたときは、走っていたときのテンションと走り終わった安堵と達成感が混ざり合って変な感じだったがすごく幸せだった。ゴールしたときに、ニッシー が向けたビデオカメラにわけのわからないことを言っていて、後から見た時は、これは自分じゃないと思ったくらい変なテンションな自分がいて恥ずかしくなっ た。
僕がゴールした後も続々とみんなゴールしてくる中、残り時間10秒になりカウントダウンのコールが始まった。「・・・3・2・1・0」、ゼロと同時にゴールにテープが張られ、その後きた人は失格である。
テープを張られるギリギリにゴールした人とできなかった人との明暗がはっきり出るこの瞬間は、大会で一番感動した時でもあった。


寄り道を...

このあと僕とニッシーはグランドキャニオンへ、ゴンとシダ君はニューヨークへ行きそれぞれの休暇を楽しんできた。
ゴンとシダ君はメッセンジャーのメッカ、N.Y.に行き新しい刺激を受けて帰ってくるかと思ったが、N.Y.は自転車に対する風当たりが強く、あまり儲か らないのでかっこいいメッセンジャーがいなっかたと残念がっていた。だがN.Y.の町はサイコーだったらしく又、行きたいといっている。
僕とニッシーは飛行機でラスベガス行き、そこからレンタカーを借りてグランドキャニオンやモニュメントバレーなどの国立公園をまわり、N.Y.組とはちがうアメリカの広大な大地と大自然に打ちのめされてしまった。
ラスベガスから2000マイル。フェニックスまでの間、驚きと感動の連続だった。
日本に帰ってきたのは9月22日(火)、それぞれ違う便で帰ってきたのだが到着時間が近かったので4人が成田空港で無事会えたときは安心した。
ここで別々に帰るということになりニッシーはバスで、僕とシダ君とゴンは電車で帰ることとなり、重いお荷物と自転車をかかえてヘトヘトなりながらそれぞれに家に帰っていった。

来年へ

今回初めてCMWCに参加してまず感じた事、それは500人近くのメッセンジャーが世界中から集まってひとつの大会に参加してともに楽しんでいるなんて、普通の仕事では考えられないことだと思った。
英語がほとんどしゃべれないのでコミュニケーションはまともに取れないが、片言の英語でしゃべったり、通じなくてもなんだか連帯感があるような気がして最高に楽しかった。
初めての海外旅行でこんなすばらしい体験ができて僕は幸せ者だ。今回、僕は運良くファイナルに出られて他の3人よりいい経験をさせてもらえてよかった。
ティーサーブにも他の会社にも僕より速い人がまだまだたくさんいるので来年はぜひ行ってもらって、さらに日本人のすごさをアピールしてもらいたいものだ。
来年はカナダであるので、また行けたらいいなと思っているのでがんばって仕事してお金ためるぞー。
というわけでCMWC XI シアトルのレポートを終わります。来年は誰が書くのだろうか・・・。