CMWC 2003 レポート vol.1

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プロローグ
CMWC(Cycle Messenger World Championships<メッセンジャー世界選手権>)--それは、世界中のメッセンジャーが1年に1度集まり、様々なレースや競技を通じて交流を深め るメッセンジャーによるメッセンジャーのためのお祭り。毎年開催地の変わるその大会は、自転車とメッセンジャーを愛するすべての人々が参加できる世界的イ ベントである。


密かな目標

僕とCMWCの出会いは3年前に遡る。その年のCMWC(フィラデルフィア大会)に出場した先輩メッセンジャー・サ ブロウさんの話を聞いたのがきっかけだ。レースの模様や海外のメッセンジャーとの交流などの話は、入社2ヶ月の新人をも興奮させる感動的なものだった。そ の時以来僕の中で、CMWCは密かな目標となった。--3年間。3年間この仕事を続けることができたら、絶対にCMWCに出場しよう。

--3年後。愛車のFULL-DYNAMIXに乗った僕は、ほのかに海の香りのする爽やかな風を頬に受けている。雲ひとつない青い空とキラキラ光る碧い海。 風情のある古い街並の中に近代的なビル群。見慣れない標識と右車線の道路、そして道を譲ってくれるマナーの良い車。第11回CMWCの開催地、アメリカ西 海岸シアトルに訪れた僕は、3人の仲間とともに、ダウンタウンの海沿いの道を走っている。空路8時間の疲れもそっちのけで、シアトルに到着したばかりの僕 達は、いてもたってもいられず自転車で街へ飛び出したのだ。

エメラルドシティ、全米で最も住みやすい都市などと形容されるシアトルは、港街特有の坂の多い美しい街で、日本でいうと横浜や神戸、長崎といったところだ ろうか。北西インディアンの文化と海の恵みがもたらすシアトルの穏やかな雰囲気は、僕達を優しく迎えてくれた。無線も荷物もプレッシャーもないせいか、海 岸線をひた走る夢うつつの僕達は、本当にそのまま風景の中に溶けてしまいそうだった。


サムライたち

僕とともに走っている3人のサムライを紹介しよう。
まずは現役大学生にして将来のT-serv.を背負って立つ若きエース、しだっぺ。業界通で情報屋の彼は英会話にも優れ、僕達を大いに助けてくれた。
次に、リアルメッセンジャーに憧れ、高校卒業と同時に上京してT-serv.のメッセンジャーになったという、思い立ったら即行動派のゴン。彼の明るいキャラクターは僕達の中ではムードメーカー的存在だ。
そして、自転車からオートバイ、メカニックから塗装まで器用にこなす職人ミニラ。日本から自転車を無事運べたのは彼のおかげだろう。
今思い返しても実にバランスのとれたパーティで、準備期間から大会終了に至るまで、それぞれが個々の能力を活かした役割分担が十分にできたので、このCMWCシアトル2003を思いっきり楽しむことができたと断言できる。


「日本から来たメッセンジャー」

さて、シアトルのシンボル、スペースニードルで一息ついていると、一騎のメッセンジャーが近付いてきた。僕達が日本 から来たメッセンジャーだと気付いて声をかけてきた彼の名はジャスティン。シアトルメッセンジャーだ。後に何百人と出会うメッセンジャー達が少し陽気すぎ て対応に困ったのに比べると、彼はとても爽やかで静かな青年だった。奇遇にもT-serv.のタイヤを履いていた彼の自転車は、激坂の街にもかかわらずピ スト(固定ギア)で、いでたちもさりげなくオシャレでかっこよかった。自分は今仕事中でCMWCのスタッフでもあると、僕達のためにわかりやすい英語で話 してくれた。初めて異国のそして同業の仲間に出会えた感動で満たされた僕達は、さらなるドラマチックな出会いを期待しつつ、その夜は2日分泥のように眠っ たのだった。

9月11日、シアトルは坂と雨の街。旅行会社で働いていた経験のある先輩メッセンジャー・キクリンさんに教えて頂いた通り、CMWC受付当日は朝から小雨 が降り続いていた。身支度を整えた僕達は、フンドシではなくメッセンジャーバッグのストラップを引き締めなおし、気分を観光モードからいつもの仕事モード に切り替え、鼻息を荒くして、ダウンタウン郊外の会場へと向かった。
約20分程で到着した会場は、小さな工場や倉庫が立ち並ぶ一見殺風景な土地だった。だが実際走ってみると、長い坂、狭い路地、砂利、線路などメッセン ジャーレースにはうってつけの、波乱を予想させるスリリングで面白いエリアだった。工場をイベントスペースに改造したメインの建物の中には、受付事務局の 他にfirst aidやマッサージルーム、食堂、売店、そして絵画やイラストやオブジェなどの展示、さらにライヴステージもあり、大会の雰囲気を盛り上げる演出が至る所 に施されていた。


地獄絵図

受付を済ませた僕達は、ぞくぞくと集まってくるメッセンジャー達に目を奪わされざるを得なかった。奇声をあげながら ものすごいスピードで登場してくる彼らの自転車はほとんどがピストで、日本では絶対に目にすることのない独創的な改造や装飾が施されていた。そしてそれ以 上に驚いてしまうのが、本当にこの格好でオフィス街を走るのだろうかと心配してしまう彼らのスタイルだ。モヒカン、タトゥ、スキンヘッド、ボディピアスに 個性的な服やメッセンジャーバッグ。写真集から飛び出したようなグロテスクでクレイジーなメッセンジャーが一匹また一匹と集まるにつれ、あたりは地獄絵図 のようなものすごい光景になった。

日本人らしい振る舞い方

そうなると、地味で飾り気のない僕達日本人の方が逆に目立つことになる。多くの欧米のメッセンジャー達が僕達に興味 を持ったのか、たたみかけるように話し掛けてきて、質問攻めにあった。苦し紛れの受験英語で応戦しながら僕は他のことを考えていた。日本人のことだ。とか く僕達日本人は欧米のスタイルを模倣したがるものだが、やはり日本人は日本人らしく振舞う方が欧米人からしてみればエキゾチックでかっこいいのだと、改め て感じることができた。しかも現在のメッセンジャー界において、T-serv.の仕事量は世界レベルだし、引け目を感じることなど何もないと僕は胸を張っ ていた。--英語が話せないことを除けば。
加速度的に増大したそのえげつない一団は、日暮れとともに酒を求めてダウンタウンへと大移動を始めた。1ドルでビールが飲めるパブ「noc noc」の店の外は自転車であふれ、店内はメッセンジャーと酒と音楽であふれかえるなか、いよいよ前夜祭が始まった。


日本各地のメッセンジャー達

僕はそこでこの日合流した京都メッセンジャーKAZEの代表半田さんと話をすることができた。後に横浜、大阪、名古 屋、鹿児島、そして東京のメッセンジャー達と合流することになるのだが、今まで社外に友人の少なかった僕にとって、彼らと出会って、一緒に走れたことは、 今回のCMWCで最も有意義な出来事の一つだったといえる。
その夜は酒よりもむしろ人に酔ったというに等しく、果てしなく続く宴をほどほどにしてきりあげた。シアトル滞在3日目、まだ何も始まってないのに充分に疲れた僕達は、宿に帰って、ただただ眠るだけだった。


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