Vol.15 すべての終わり

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うして待ちに待った東京の世界戦は終わった。連日怒濤のスケジュール、スタッフはほとんど寝なかったに違いない。終わってみると本当にあっという間で幻でも見てたかの様な錯覚に陥る。日本、東京にいるはずだが数知れない海外のメッセンジャーのせいで自分が東京にいるという事さえも忘れそうになった。
ワードの次の日、僕たち東京のメッセンジャーはみな普通に仕事だった。余韻に浸る暇はなかった。9月という繁忙期もあってメッセンジャーとして休む訳にはいかなかったのだ。自分はもとよりスタッフ達もいつも通り仕事だったが相当体的に辛かったに違いない。仕事中、街中を走り回る中あちこちで海外のメッセンジャーに会う。彼らもまた観光をしていて『本当に楽しかったよ、東京最高だね、ありがとう!』と声をかけられる事もあった。
その一言が自分の疲れを忘れさせてくれた。
めて世界戦に行ったのが2005年のニューヨーク。それが全ての始まりだった。メッセンジャーという仕事が世界中にあり、この世界戦の為に集まる。一度でも行った人なら分かるとは思うが言葉では表せない感動がある。それから毎年の様に海外には行くようになった。開催地も毎年替わるから新鮮な楽しみがある。
ィンランド、コペンハーゲン、オランダ、ダブリン、トロント、そのメッセンジャー達は本当に自分の仕事に誇りを持ち心から仕事を楽しんでいた。
自分がこんなにもこの仕事を続けて来れたのもそういう出会いや楽しみがあったからだと思う。

054.jpgんな中自分がティーサーブに入った頃は世の中の景気は良く毎日せわしなく走っていた。会社もどんどんと大きくなり新しいものが支給される。
ところが2008年夏のリーマンショック以降、世界の経済は急激に落ち込みデフレの波に飲み込まれた。500円便や歩合制度が導入され状況も変わる。
きっと世界中のメッセンジャー達も同じように苦しい状況に追い込まれたにちがいない。
不景気の中本当に海外勢は世界戦に来るのだろうか。。とどこか半信半疑なところもあった。

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かし実際に始まってみると世界中からたくさんのメッセンジャーが集まった。
それだけの価値がこの世界戦にはあるのだと思う。
ただの仕事としてではなく、どんな状況でも生きるために大事な何かがあるのだと思った。

_MG_4578.JPG分も一つの通過点として選んだメッセンジャーライフだけど今思えば積極的にあっちこっちに行って良かったなぁと思う。垣間見たメッセンジャーの歴史の一部ではあるけれどその一部は大きい。

今後メッセンジャーをやってみたいという人にそしてやっていくだろう人に少しでも何か残せればいいと思って写真を撮り続けてきた。

この東京での世界戦が一つの区切りだと、自分の中ではそう思っている。

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MONMON





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